宇都宮地方裁判所 昭和63年(行ウ)2号 判決 1992年2月12日
栃木県足利市小俣町一五三二番地
原告
栃木発条株式会社
右代表者代表取締役
岸稔
右訴訟代理人弁護士
斉藤義雄
栃木県足利市大正町八六三番地二二
被告
足利税務署長 塚本博之
右指定代理人
田口紀子
同
神谷宏行
同
谷古宇弘次
同
村田英雄
同
多田賢一
同
国井昭男
同
金子秀雄
同
水野浩
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し、昭和六〇年一二月二八日付けでした昭和五八年三月一日から昭和五九年二月二九日までの事業年度分の法人税の更正処分のうち所得金額五万九七九〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分(いずれも審査裁決により一部取消された後のもの)を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、ばね熱処理を業とする、青色申告の承認を受けた会社である。
2 原告は、被告に対し、法定期限内に、昭和五八年三月一日から昭和五九年二月二九日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)について、別表の確定申告欄記載のとおり、法人税の確定申告をしたところ、被告は、昭和六〇年一二月二八日、別表の更正賦課決定欄記載のとおりの更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下併せて「本件処分」という。)をした。
3 原告は、昭和六一年二月二五日、被告に対し、異議申立をしたところ、被告は、同年七月八日、原告の異議申立を棄却したので、原告は、同年八月七日、国税不服審判所長に対し、審査請求をし、同所長は、昭和六三年一月二一日、別表の裁決欄記載のとおり、原処分の一部を取消す旨の裁決をし、右裁決は、同年一月三〇日、原告に送達された。
4 しかし、被告のした本件処分(審査裁決により維持された部分。以下同じ)は、原告が昭和五八年八月一一日に原告代表者岸稔及び株主七名が共有する別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を買受けたときの譲受価額九八七万一五二三円と時価との間に開きがあるとして、差額を原告の受贈益と認定してなされたものであるが、本件土地の時価を過大に認定した結果、原告に受贈益があると認定した違法なものである。
5 よって、原告は本件処分の取消を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし3の事実は認める。
2 同4のうち、原告が昭和五八年八月一一日に原告代表者及び株主七名が共有する本件土地を九八七万一五二三円で買受けたこと及び被告が右譲受価額と時価との差額を原告の受贈益と認定して本件処分をしたことは認め、その余は争う。
三 被告の主張
原告の本件事業年度の所得金額は、次の内訳のとおり八三六万六八五五円であり、この範囲内でなされた本件処分に違法はない。
1 申告所得金額 五万九七九〇円
原告が被告に提出した本件事業年度の法人税確定申告書に記載されている所得金額である。
2 受贈益の益金算入額 八三〇万七〇六五円
算定方法は次のとおりである。
(一) 本件土地の価額 三〇二九万七六四六円
(基準時昭和五八年八月一一日。以下同じ)
一平方メートル当たりの価格を二万八〇五〇円と決定し、これに本件土地の面積一〇八〇・一三平方メートルを乗じたものである。
(二) 借地権割合 四〇パーセント
(三) 借地権価額 一二一一万九〇五八円
(一)に(二)を乗じたものである。
(四) 本件土地の底地価額 一八一七万八五八八円
(一)から(三)を差し引いた金額である。
(五) 本件土地の譲受価額 九八七万一五二三円
(六) 本件土地の受贈益 八三〇万七〇六五円
(四)から(五)を差し引いた金額である。
四 被告の主張に対する原告の認否及び反論
1 本訴における被告の主張は、いわゆる更正処分の理由の差替であって許されない。すなわち、被告が本件処分をした際に更正処分通知書に附記した理由においては、本件土地の更地価額を一九六五万六九六五円(一坪当たり六万五五円)とし、かつ、本件土地について原告の借地権は考慮しないものとして、原告の受贈益を認定していた。しかるに、被告は、原告の借地権を認めざるを得なくなり、本件処分を維持するため、原処分の通知書に附記された理由における時価より遙かに高い更地価額を主張するに至ったもので、かかる主張は許されない。
2 被告の主張冒頭の事実は否認する。
3 同1の事実は認める。
4 同2のうち、(五)は認め、その余は否認若しくは争う。本件土地の低地価額は、いかに高く評価したとしても、被告が原処分で自ら正しいと認定した更地価額一坪あたり約六万円から、借地権部分(少なくとも五〇パーセント以上)を差引いた一坪あたり約三万円を超えない。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1ないし3の事実、原告が昭和五八年八月一一日に原告代表者らから本件土地を代金九八七万一五二三円で買受けたこと及び被告が右譲受価額と時価との差額を原告の受贈益と認定して本件処分をしたことは、当事者間に争いがない。
二 そこで、被告の主張について検討するに、原告は、本訴における被告の主張は、本件処分の通知書に附記された理由と異なるもので、いわゆる更正処分の理由の差替であって許されない旨主張するので、まず、この点について判断する。
ところで、法人税法一三〇条二項は、青色申告書に係る法人税の更正をする場合には、更正通知書に更正の理由を附記することを要求しているが、このような理由附記制度の趣旨は、処分庁の判断の慎重・合理性を担保して恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服申立に便宜を与えることにあると解される。そして、更正処分に附記された理由が右の趣旨を具現する程度に達しない不十分なものであるときは、後に審査請求に対する裁決等において処分の具体的理由が明らかにされたとしても、当該更正処分は瑕疵あるものとして取消されるべきものであり、これによって理由附記制度の趣旨目的を達し得るものと考えられ、それ以上に、法が青色更正に理由附記を要求していることから、一般的に課税庁が更正処分通知書に附記された理由以外の主張をすることを制限したとの結論を導き出すことはできない。
そして、本件においては、被告は、更正通知書の附記理由中で、本件土地の時価(更地価額)を一九六五円六九六五円と評価していたのに対し、本訴の主張では、右時価を五割以上上回る三〇二九万七六四六円であると主張するものではあるが、ともに本件土地の受贈益の計上もれを益金として原告の利益に算入するという内容に変わりはなく、課税要件事実の基本的部分は共通であり、被告の主張を認めても、原告の訴訟上の防禦活動に実質的に不利益を与えることとはならないから、被告の本訴における主張が許されないということはできない。
三 次に、本件土地の価額及び借地権割合について判断する。
1 甲第一三号証、乙第一号証、証人清水豊、同関根猛史の各証言及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
(一) 被告側は、本訴における立証を目的として、株式会社太陽不動産鑑定所(担当不動産鑑定士関根猛史)に、本件土地の建付地としての価額及び借地権割合の鑑定評価を依頼し、関根猛史は、昭和六三年一〇月一日付けの鑑定評価書(以下「関根鑑定書という。)を作成して、関東信越国税局長宛提出し、被告は、右鑑定書を証拠(乙第一号証)として提出した。
他方、原告代理人も、本訴での立証のため、株式会社第一不動産鑑定所に本件土地の建付地としての価額及び借地権割合の鑑定評価を依頼し、主として同社の不動産鑑定士清水豊が、鑑定評価を行い、同社代表取締役生江光喜と連名で平成二年二月五日付けの鑑定評価書(以下「清水鑑定書」という。)を作成して、原告代理人宛に提出し、原告は、右鑑定書を証拠(甲第一三号証)として提出した。
(二) 関根鑑定書の概要は次のとおりである。
関根鑑定書は、本件土地の属する地区の地域分析を行って、近隣地域を、本件土地の北方約五〇〇メートル、南方約一〇〇メートルの範囲としたうえで、本件土地の状況等につき、個別分析を行い、本件土地につき現況(工場の敷地)をもって概ね有効使用にあると判定した。そして、取引事例比較法により、本件土地の建付地価額を評価することとし、本件土地が巾員約七・五メートルの県道名草・坂西線に面することから、巾員七・五メートルの県道に面する地積約五〇〇ないし六〇〇平方メートルの整形中間画地を標準的画地として想定し、周辺類似地域における三件の比較的類似な取引事例につき、事情補正、時点修正、事例地の個別的要因の標準化、地域格差に基づく補正を施して標準的価格を求め、その概ね中庸値である一平方メートル当たり三万三〇〇〇円を比準価格と決定し、次いで県基準地の価格から同様の補正を経て標準的価格を一平方メートル当たり三万一〇〇〇円と決定し、これとの均衡を確認して、右比準価格をもって標準価格と決定した。次いで、本件土地を含む工場敷地(合計地積三四二四・五八平方メートル)を全体画地とし、全体画地のもつ個別的要因(画地大、やや不整形、奥行の長さによる価格差)を検討して、前記標準価格から一五パーセントの減価補正を行い、右全体画地の更地価格を一平方メートル当たり二万八〇五〇円と決定し、更に、本件土地の形状、全体画地で占める位置等を考慮し、特に補正を要しないものとして全体画地の更地価格をもって本件土地の更地としての価格と決定し、また、建付地であることによる補正は要しないものと判断して、本件土地の建付地価格を、一平方メートル当たり二万八〇五〇円、総額三〇二九万八〇〇〇円と決定した。
次いで、関根鑑定書は、借地権割合について検討し、借地権者が当該底地を買い受ける場合の慣行割合につき、周辺類似地域の一事例を挙げ、所要の補正を行って算定した更地価格との対比から当該事例における借地権割合を四〇パーセントと判定したほか、本件土地の属する地域の借地権取引の動向及び地価水準等を総合的に勘案した結果、同地域における慣行割合を、更地としての価格(建付地としての価格を含む。)四〇パーセントと判定し、更に、本件土地の属する小俣町市街化区域の相続税財産評価基準による借地権割合が四〇パーセントであることを指標として、本件土地における借地権割合を四〇パーセントと決定した。
(三) 清水鑑定書の概要は次のとおりである。
清水鑑定書は、本件土地の属する地区の地域分析を行って、本件土地の面する県道名草・坂西線沿いに南方約五〇メートル、北方約五〇〇メートル、県道の東約一〇〇メートルの範囲で近隣地域が形成されているとしたうえで、本件土地の状況等につき、個別分析を行い、本件土地につき現況(工場の敷地)をもって概ね最有効使用にあると判定した。そして、取引事例比較法を用いることとし、同一需給圏内の類似地域における四件の取引事例につき、時点修正、事例地の個別的要因の標準化補正、地域格差に基づく補正を施したうえ、本件土地の個別的要因(街路条件、画地条件)による補正をして試算価格を求め、これを基に一平方メートル当たり二万四七〇〇円を比較価格と決定し、次に、一件のアパート賃貸事例を収益事例として、収益価格を一平方メートル当たり二万三一〇〇円と評価し、更に、基準地の価格から前記比準価格の決定と同様の補正を行って、基準価格を一平方メートル当たり二万二四〇〇円と評価し、これらを検討のうえ、前記比準価格をもって、本件土地の更地価格と決定し、かつ、本件では建付地であることによる減価修正は行わないこととして、本件土地の建付地価格を、一平方メートル当たり二万四七〇〇円、総額二六六八万四〇〇〇円と決定した。
次いで、清水鑑定書は、借地権割合について検討し、慣行的な借地権割合は見いだせないが、借地人による底地買受の取引事例に基づく底地比準価格から求めた借地権割合と相続税財産評価基準の借地権割合を比較考量して、本件土地における借地権割合を決定することとし、近隣地域及び同一需給圏内の類似地域の二事例をもとに、所要の補正を行って底地価格の比準価格を一平方メートル当たり一万九〇〇円と評価し、前記更地価格との対比から借地権割合を五六パーセントと算定し、次いで本件土地の属する小俣町市街化区域の相続税財産評価基準による借地権割合四〇パーセントとの開差につき、取引事例をもとにした借地権割合を重視すべきものとして、本件土地における借地権割合を五五パーセントと決定した。
2 そこで、以下、本件土地の建付地価格について検討する。
まず、清水鑑定書について見るに、甲第一三号証及び証人清水豊の証言によると、同鑑定書が建付地価格決定のための資料として採用した取引事例四件は、不動産鑑定士の協会で地価調査を行った際に、収集した取引事例のカードから選択したものであるところ、そのうち一件は、競売による取引事例であると認められる。しかし、一般の競売の場合、売却価格が市場価格と離れていることも少なくないので、当該競売にかかる事情を把握して適切な補正を行わない限り、取引事例として選択することは必ずしも合理的とは言いがたいところ、甲第一三号証によると、清水鑑定書では、右取引事例につき、競売のためマイナス一五パーセントの事情補正をしているものの、証人清水豊の証言によっても右補正率の根拠は明らかでない。また、甲第一三号証、乙第一〇号証及び弁論の全趣旨によると、清水鑑定書の採用した取引事例のうち一件は、土地及び地上建物を一括して売買の対象とした事例であったことが認められ、これを更地の売買の取引事例として鑑定評価の資料としたことは合理的とはいえない。右の点を考慮すると、清水鑑定書は、その取引事例の選定方法において合理性を認めることができず、その結果得られた建付地価格についても、信用性に疑問を差し挟まざるを得ない。
他方、関根鑑定書においては、建付地価格の鑑定評価の基礎となる資料の収集、評価の過程ないし方法に特段不合理な点は認められず、その決定した建付地価格は相当性を有するということができる。もっとも、証人清水豊の証言中には、関根鑑定書の採用した取引事例は、本件土地との類似性が低く、補正率が高くなっており、比準価格の規範性があまりないと考えられる旨の供述部分が存し、甲第一三号証及び乙第一号証によると、関根鑑定書の取引事例の補正率は、清水鑑定書におけるそれより概して相対的に高くなっていることが認められるが、関根鑑定書の補正率が、その鑑定の合理性を疑わしめるほど著しく大きいとまではいえないし、補正の仕方が不合理であることを窺わせる証拠もない。また、証人清水豊の証言によると、清水鑑定書作成においては、標準的画地として二〇〇ないし三〇〇平方メートルの整形の土地を想定して、取引事例を収集したことが認められ、清水鑑定書は、関根鑑定書において想定された標準的画地(面積五〇〇ないし六〇〇平方メートル)に比して、面積の点で本件土地との差が大きな標準的画地をもとに取引事例を収集して、これを基に補正を行って鑑定評価を行ったといえるのであって、この点を併せ考慮すると、関根鑑定書の補正率が清水鑑定書の補正率に比して高いことをとらえて、鑑定書で採用した取引事例と本件土地との類似性の点で、関根鑑定書が、清水鑑定書より劣るということはできない。
以上の検討からすると、本件土地の建付地価額は、関根鑑定書の決定した本件土地の建付地価額三〇二九万八〇〇〇円(一平方メートル当たり二万八〇五〇円)に近似していると推認され、少なくとも本件処分に対する審査請求についての裁決で判断された本件土地の建付地価額二九四二万五八〇円(一平方メートル当たり二万七二三八円)を下回るものではないと認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない(なお、甲第一九号証中には、原告代表者が不動産鑑定士事務所等に相談に赴いたところ、三氏から、本件土地の更地価額は、一坪当たり五、六万円程度であろうとの回答を得た旨の記載部分があるが、右回答が、いかなる情報、資料をもとに、どのような根拠でなされたものかが不明であって、証拠価値を認めがたい。)。
3 次に、本件土地における借地権利割合について検討することとする。
甲第一三号証、乙第一一号証及び弁論の全趣旨によると、清水鑑定書が、借地権割合決定にあたり、底地価格の比準価格を求めるため、採用した二件の取引事例のうち、一件は、田の売買事例であって、借地権者による底地買受の事例ではなかったことが認められ、借地権割合の評価においても、同鑑定書の取引事例採用方法の合理性には疑問があると言わざるを得ず、かかる取引事例をもとに決定した底地の比準価格及び借地権割合についても相当なものとして採用することはできない。
他方、関根鑑定書について検討すると、同鑑定書に借地権者による底地買受の事例として掲げれているのは一事例に留まり、事例の数としては少ないきらいがないではないが、証人関根猛史の証言によると、関根猛史は、鑑定評価にあたり、借地権者による底地買受事例は他にもあったが、事例の内容から適切でないと考えたものを外し、本件土地と地域的に近く契約当事者から聴取した内容も適切であると判断した当該一事例のみを鑑定書に挙げたものであって、かつ、日常の評価業務等を通じて収集している借地権にかかる取引を参考にしつつ慣行割合を求め、相続税財産評価基準による借地権割合と対比して、結論に至っていることが認められ、関根鑑定書において底地買受事例が一事例挙げられているのみであるからといって、同鑑定書の内容が不合理であると結論付けることはできない。そして、その他関根鑑定書における借地権割合決定の過程、方法等に不合理な点は認められず、借地権割合の鑑定評価の結論は信用するに足るものということができる。
以上検討したところを総合すると、本件土地における借地権割合は四〇パーセントと認めるのが相当であり、この判断を覆すに足りる証拠はない。
四 そうすると、本件土地の建付地価額総額は、二九四二万五八〇円を下回ることはないと認められ、本件土地における借地権割合は四〇パーセントとするのが相当であるから、本件土地の底地価額は一七六五万二三四八円を下回ることはなく、原告の受贈益も、右底地価額から、原告が原告代表者らから本件土地を譲り受けた価額九八七万一五二三円を差し引いた七八四万六一五円を下回ることはないということができる。したがって、本件処分は、いずれも、原告の所得金額の範囲内でなされたもので、適法なものと認められる。
よって、原告の請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 長嶺信榮 裁判官 達修 裁判官 朝日貴浩)
[別表]
<省略>
物件目録
三 足利市小俣町字入宿一五三六番四
宅地 一八〇・九六平方メートル
三 足利市小俣町字入宿一五三二番一
宅地 七八四・八六平方メートル
三 足利市小俣町字入宿一五三二番二
宅地 一一四・三一平方メートル